永遠の目標設定
大学生が多くの場合、楽に流され、堕落していく最大の要因は目標を見失うからだろう。
大学受験までは大学に入るという目標がある。その目標が達成された後、どのような道を歩むか、が本当の勝負なのだが、そのような認識はほとんどの大学生が持ってはいない。
ある意味でこれは人生の縮図である。
ひとつの目標を達成した後に、慢心し堕落していくことは誰にでも起こりうることなのである。
社会に出ても同じなのだ。自分のなりたい職業に就いても、それで終わりではない。
また、仕事でひとつの成功を収めても、それが人生の勝利を意味しない。それで終わりではないからだ。
大学生は多くの場合、目標を探しに大学にやってくる。何かあるだろう、何か見つかるだろうと。
最初から目標設定をして、学ぶべきことを決めて大学に入学してくる学生は今でも、また私が学生だった頃でもはるかに少数派なのだ。
しかし、大学では目標を見つけるどころか、最悪な場合、自由な空気の中で欲望だけが無目的に解放される。
精神生活は貧困になり、自分を律することを忘れる。
人間は目標を設定し(つまり理想を描き)それを達成したら、さらに高い目標を設定し、無限の向上を求めなければならないのだ、と私は考えている。様々な意味での魂の成長こそが人間の生の意味だと思う。もちろん、時には休んでもいいし、ゆっくり歩いてもいい。
ただ、基本的には永遠の目標設定を行うべき存在が人間の本質なのではないか。
そしてそれが人間にとって本当に幸せなことなのだと思える。
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