8 勉強し続ける人生
大学4年生で、就職活動をして、内定待ちの教え子がいました。
就職活動も秋を過ぎ、冬になり、もう卒業に近いころまでやっていて、ようやく内定の一歩手前まできたわけです。最近は就職活動の早期化が言われていますが、業界によっては遅いところもあるのです。
就職が決まらなかったら、就職浪人になっても、資格の取得などのために勉強をしたい、たくさん読書もしたい、ということでした。
その後、見事に内定を獲得した旨の連絡をもらったのですが、春になり、仕事が始まってから、また相談に来てくれました。
彼女は新たな仕事を懸命にやりながらも、まだ、新しいことを勉強したいのだと言って、別の分野の資格や知識、技術の勉強を始めました。
就職しても、まだ満足はしていません。就職活動が終わり、給与を受け取るようになると勉強しなくなるのが普通の社会人です。
特に日本ではいわゆる大人になっても読書を含めて勉強し続ける人の割合は少ないと言われています。もちろん自分の仕事に関わることは必要に迫られて学んでいるのでしょうが、それ以外の勉強をしている人はかなり少数派です。
しかし、この教え子は「勉強し続ける」ということを、義務でなく、喜びとしているようでした。
勉強し続ける楽しさや喜び、ありがたみ。そんなものを感じ取れる子供に育てたいものだと思います。というよりも、そのようなものが身についている人間は、学歴や就職先などとは関係なく、教育に成功した人材であると言えます。
しかし、実際は初等教育や中等教育などの段階で、勉強の楽しさを感じ取ることはなかなか難しいことかもしれません。
ただ、その段階でも、わかる喜びや、できるようになっていく感動、そして自分が成長している実感や幸福を感じ取ることはできます。
人生の早い段階で、このような気持ちや実感を、心のどこかに感じ取ったことがあれば、それは長い長い人生の途中で、自ら進んで勉強して課題を克服し、様々な問題を乗り越えていく武器をもったことになります。
その意味で、大切なのは目先のテストの点数だけでないことは確かなことです。本来は、このテストの結果などは副次的なものに過ぎないのですが、日本ではこれが中心であり、これが評価の指標になっていることは大きな問題かもしれません。
学ぶ喜びや楽しさは、点数をとる努力をしている途上で感じ取ることのできるものでもあるのです。それを実感できる経験をし、学び続ける原動力を得るためには、教師や親の力は非常に重要なものになります。何をどのように評価してあげるのか、ということが大きなきっかけ作りになるからです。
その意味では、人が幸せになっていくための教育は、受験や点数、偏差値をなどと、決して矛盾はしないのです。
高学歴の人材が、自分の出世や金儲けだけに目が向き、社会人になった後に積極的に様々なことを学ぶことがない日本という国は、もはや教養力を失った国であると言えるでしょう。
そのような人間が国や社会の中心にいて、学ぶことを止め、目先の利益だけに汲々としている姿は、情けなさを通り越して、哀れであり、また醜くもあります。国会議員などは偉い先生だと思われがちですが、信じられないほど無知で教養のない人は決して少なくはないのです。
学び続ける精神的態度を持ち続けることが、最も高貴な人間の姿であり、人間の幸福の礎であり、また同時により良き社会の礎でもあるということを、多くの人が理解し、実践することが何よりも必要なのです。。
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