進路について考える
私の学生時代は非常に景気がよくて、就職は特に選ばなければ引く手あまたの状態だった。
そんな時代だ。大学生が勉強したり、就職準備を早く行ったりするようなことは一向になく、みんなのんびりしていた。
就職するのを先延ばしにして、留年をして学生時代を謳歌する者もいた。
私は兄弟が多く、みな年齢が近かったために留年して学費が余計にかかるような事態は絶対に避けなければならなかったのだが、かといって自分の納得しない就職を安易にすることにも抵抗を感じていた(いま考えればとりあえずどこかで働いてみるという選択肢もあったと思うが、当時の私にはそれを考える柔軟性に欠けていた)。
司法試験の勉強は続けていたものの、私の生来の悪い癖で気が多く、様々なことに興味を持ち、手を出すという子どものようなことを繰り返していた。
ひとつのことに集中できないたちで、法律の勉強だけをやっていると飽きてきて、他の分野の書物に次々に手を出し、法律以外の読書や勉強時間が長くなってしまうという日常を送っていた。
私はこの時期、自分がやりたいこととやるべきことが広がりすぎていて、全く具体性がないことに気付いていなかった。
全てを学びつくしたいという貪欲な気持ちだけは持っていたが、職業として具体的なものに結実していなかったのだ。
このような人間はたいていの場合、就職を先延ばしにするか、学生を続けるという選択肢をとることになる。
私は自分としては全くそのつもりがないにもかかわらず、結果としてそのような道を歩み始めていたと思う。

就職活動とは非常に具体的なものだ。
進路を決めるにあたっては具体的に考えなければならない。
具体的な活動や行動が欠けると、就職はできない。
私の時代と同じような、景気のいい時代もあれば、またそうでない時代もある
現代は、それでもさらに私の学生時代より選択肢が増えていると思う。選択肢が増えることで、逆に就職できない、就職しない、または就職に迷う学生がたくさん出てくるのだろう。しかし、確かに、就職という選択肢が全てではない。
ただ何をやるにしても、自分の進路を一度真剣に考えてみることは大切だ。考え始めると色んな情報が集まってきたり、環境が変わってきたりする。そこで、決断する材料がそろわなくても、飛び込むべき世界があるのではないだろうか。
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