大学に行く意味とは?
ホリエモンこと堀江貴文が「大学なんて行く意味ない」という発言をしたようだ。今はネットで完結するから必要ないのだと。
私は、全く逆の意見で、そもそも大学は「ネットで世界を完結させないため」に存在が必要とされていると思う。それも対面での人間関係も含めた交流だ。
最も大切なのは学問を通じた「人間交際」(福沢諭吉)ということになろう。
堀江のように自分の力で成功した(と思っている)人は、このような考え方になりやすい。人間は共同性からは決して逃れられないし、その共同性こそが人間の幸福の源泉でもあるのだ。
私がブログで書いているように、様々な学生や先生との交流は、学生時代の貴重な宝物なのだ。
もちろん、そんなもの意味ないよ、という人は大学に行かなければいいのだし、その自由はあるわけだ。まさに堀江が言うように、ネット世界で完結させればいい。
ただ、このように著名な成功者が「意味ない」と語ったからと言って、「意味ない」と思ってはいけない。
そもそも大学に行く意味なんて、自分で作っていくものだろう。
大学は、そもそも外部から意味付与されるような場所ではない。自分自身の内側から意味創造する場に他ならない。
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