今はなき街で
昼間は日雇い労働者と生活を供にした。
彼らには将来への希望などなく、毎日の日銭を稼ぎ、消費するという生活があるだけだった。
なぜこんな生活をする羽目になったのか、実は些細なことがきっかけでそうなった人が多かった。
誰でもこんな生活をする可能性があるのだ。
ここから少し歩けば、華やかな街が広がり、若い男女が着飾っておしゃれな店でおしゃべりしている。
その陰で、ひっそりと彼らの生活は営まれている。
世間では景気が悪いわけではなかった。私の学生時代はまだ非常な好景気が続いていて、若い学生の就職は決して困難ではなかった。
しかし、こんな生活をしている人がまだまだ日本にはたくさんいたのである。毎食ホテルの共有の炊事場で、具のないインスタントラーメンだけを食べている高齢者がいるのである。
夜には友人のNと近くの商店街に出かけてみた。
寂れた喫茶店に入ってお互いの近況を報告しあった。
店をそろそろ出ようとしていたとき、突然店内で怒鳴り声が響いた。
こともあろうに店員と客が喧嘩をしている。なんと言う世界だ。東京では一度も見たことのない場面がそこにはあった。
Nによるとこのようなことはしょっちゅうで、何かあっても気に入らない客には店員は決しておもねらないという。激しい口論と罵声を後にして私たちは店を出た。
この街の空気が何となく殺気立っていた。
Nと別れ、再び日雇い労働者の住む場所に戻ったときには、ほとんどの労働者は深い眠りについていた。彼らにはお互いに交流するということもほとんどないようだ。
みんなが自分の殻に閉じこもり、日々生活し、将来の希望もないままに暮らしている。
私は結局20日間くらいこの場所にとどまった。しかしこの場所を訪れたのは最初で最後になった。
この街はその後、阪神大震災で跡形もなく消えてしまったのである。
この頃毎日日雇いで生活していた彼らはどうなってしまったのだろう。
今でも彼らの生活ぶりや暮らしぶりは頭に焼き付いて離れることがない。
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