「河野太郎とワクチンの迷走」 大村 大次郎
この本の題名にわざわざ「河野太郎」の名前を冠している理由は、何もワクチンに対する責任の全てが河野太郎だけにあるという意味ではない。ただ、この男がワクチンに関する不確かな情報や都合の悪いことの隠ぺいを行いながら、その接種をすすめてきたことに対して、著者なりの怒りを表明したものであると言える。
河野太郎はワクチン担当大臣であった当時、首相から命じられたコロナワクチンの接種の数的なノルマをこなし、自分の評価を高めるために、数値目標を達成するためにあらゆる手段を使った。それはあたかも売り上げノルマの達成のために劣悪な商品を無理やり売り付け、どんな手段を使っても営業ノルマを達成する営業マンのようであった。
そして、一定の数値が達成されたことを誇らしげに語っている。また、自分がワクチン担当大臣になった時には「俺が全権をもっている。俺が「よし」と言ったこと以外は全部フェイクニュースだ!」と語ったことが週刊誌に報じられた。
ここには、国民の健康をあらゆる角度から検討し、そのメリットやデメリットを比較検討しながら慎重にすすめていく姿勢は全く見られない。日本人の健康は、彼には自分の評価や名声を高めるための手段であり、材料に過ぎなかったのである。
このような政治家が政権与党の中枢部にいることは、日本にとって悲劇でしかない。しかもマスコミはこの男を次期首相として持ち上げたりもしている。マスコミに評価されるということは基本的には日本のためにならない人物だということだ。それはマスコミがことごとく日本の国益を害してきた実績をみればわかりやすいことだろう。
この著者が河野太郎を許せないと主張するには様々な理由がある。ワクチンの有害事象はすでにアメリカなどから聞こえていたのも関わらず、それを無視。またネットでのワクチンに対する批判的意見があるとそれを「反ワク」とレッテル貼り。全て陰謀論だと決めつけて一切を無視。またワクチンを打って家族を亡くした人などをツイッターで事前にブロック。
異なる意見に全く耳を貸すことなく、ひたすら数値目標達成と自己顕示欲の実現に邁進したのである。これが今の日本の代表的な政治家の姿であることを、国民はよくよく知らなければならない。国民の命や健康はもはや、手段なのだ。この著書で挙げられた、河野太郎の責任は以下の通りだ。
1 ワクチンの最も重要な情報を隠蔽する
2 ワクチン情報に重要な誤りが発覚しても、謝罪も訂正もしない
3 ワクチンに少しでも疑問を持てば「反ワクチン」という言葉で陰湿な攻撃
4 ワクチン被害者の存在を認めないどころか冒涜さえ行う
5 当然行うべきワクチン接種の追跡調査をしていない
6 メディアに圧力をかけ、ワクチンのネガティブ情報を一切流させない
政治家として、というよりも人間としてもはや悪魔に魂を売ったかのような存在だ。日本人は何も知らずに、このような政治家を支持し続けているのである。それどころか、まだまだワクチン接種は継続されている(世界ではすでにどこも行っていない)。
この男は多少の英語力などで一見優秀そうに見えたりするので、騙される国民は多い。この男がアメリカのCDCや製薬会社の流す情報を鵜呑みにし、自分で調べたり考えたりしない単細胞的な妄信者であることもわかるだろう。それがワクチン死の責任を問われた時に放った「自分は運び屋に過ぎないから」という言葉によく表れている。無能とはこのような人のことを言うのである。
このような無能で国民のことを考えられない無責任な政治家が増えている理由は、世襲議員が増えているからである。彼らは最初から一国民としての苦労も知らず、親の地盤を受け継いでそのまま国会議員になり政治家となっている。政治家となっては、権力の座に居続け、権力に酔いしれる。ワクチン被害に遭った人対して、寄り添う気持ちなど全くも持たない。
これは岸田首相も同じであり、このような世襲議員の集団は、権力の座を放逐されなければ何もわからないのだろう。選挙を通じて普通の人以下に叩き落す必要があるわけだ。ただ、もちろん国民も正しい情報を知ろうとしないし、自分で調べて確認しない。そのような国民を篭絡することは彼らにとって容易なことだろう。
民主制の下では、国民以上の政治家は生まれない。しかし、このような無能で無責任な政治家の決定で、私たちの生活や生命や健康は、日々脅かされている。自業自得と言えばそれまでではあるが、このままではいけないという気持ちにもなるはずだ。そしてこの河野太郎と同じような思考で、行動している政治家は他にも無数にいるだろう。
国民はもはやこのような政治家を信じることなく、厳しく批判し、監視する目を持たなければならない。そしてこのような愚かな人間に決して騙されない知恵とインテリジェンスをもたなければならない。自分から求めれば、このような情報を得ることは可能であり、それは決して困難ではない。
政治家や専門家、医者などは、ワクチンの問題をうやむやにして逃げ切ろうとしている。全てを因果関係が不明で片付け、時が過ぎるのを待っている。そして国民にどのような被害が出ても、それが忘れ去られることを望んでいるのだ。
政治家が安全だと断言したワクチンを周りのためにと打って、亡くなった人は多い。このような人々へのレクイエムとして、この政治家の責任を忘れず、それを追求していく姿勢が国民一人一人に求められているのである。当然ながらこの本の主人公、河野太郎は人間失格、政治家失格、次期首相候補などあってはならないことは誰にでもわかることだろう。
(兄からもらった本なので0円)
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