貧乏自慢
学生時代をいかに生きるか まとめ編 その38
大学2年の頃には、住んでいる場所を引っ越して、もっと安い家賃の部屋を探した。
三畳一間でお風呂なし、トイレや流しは共同の部屋であった。
家賃は6千円。
当時は奨学金を借りていたが、県から1万2千円、国から2万4千円というところだったので、これくらいの家賃の場所でなければ、生活していくことが難しかったのである。
部屋にはコタツの台を置けば、すでにスペースがなくなるので、布団はほぼ敷きっぱなしだった(そのうち冬でなければ布団も敷かなくなった)。今考えたら、布団などきちんと干したこともなく、かなり不衛生な生活をしていたと思う。
家財道具などはないのであるが、ゴミ置き場からテレビや本箱、なぜか車の座席のシートを持ってきては座椅子替わりに使うなど、今思えば笑えるほどの貧乏生活だった(テレビなどは親友のNが持って行った。私の部屋は3畳だったが、Nの部屋は4.5畳だったからだ)。
私の親友も、その狭いアパートの別室に引越ししてきていたが、二人でよく貧乏自慢をしていたものである。
幸い、大学が近かったので、お昼は学生食堂で食べて、これが一番の贅沢。
夜は、お金を浮かすために、定食屋で安いコロッケ定食ばかりを食べていた。
さらにお金を節約する必要があるときは、白ご飯と味噌汁だけを注文していた、いつもお店の人が「えっ」という顔をしていたのを、昨日のように思い出す。おかずがないので、白飯に塩をかけて食べるのである。
一日に5百円程度で済ませることが多かったが、時々仲間との飲み会などがあったし、本ばかりをたくさん買っていたので、お金はあっという間になくなった。
アルバイトは一日だけのアルバイトを時々やってはいたが、勉強やサークルに当てる時間が必要だったので、あまりやらないようにしていたのである。
お金はなかったが、時間がたくさんあって、仲間がたくさんいて、多くの本を読んで、本当に豊かで充実した時間だったと思っている。
今は普通の生活をしているが、お金のない生活でも、いつでも自分の心の原点に立ち返ることのできる自分自身でありたい。たくさんのお金があっても、お金がなくても自分が自分でいられるような強さを持ちたい。
人生にはいつ何が起こるかはわからないけれども、生きていくために必要なものは、物理的にはそんなに多いものではない。
人間は、お金のないことで自分を見失い、お金のあることでも自分を見失う。そんな人間にならないように、学生時代には自分の本質を鍛えておきたいものだ。
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