思い出に縛られる

思い出に縛られる


私は故郷へは帰らず、直接上京することにしていた。

3月の半ば。もうあたりは春の空気が漂う頃だ。

空路で東京へ向かう。三畳一間の部屋の荷物を整理していたが、ほとんどたいした荷物はなく、本ばかりで20箱近くになった。この本を、東京の友人の部屋に送るのだ。私はいったん友人宅に仮住まいして、そこで新しい自分の住処を探す予定だった。

こんな狭い部屋でよくストイックな4年間を送ったものだと、自分ながらに感心した。

衣類は買ったものはほとんどなく、高校を卒業してきたときに持ってきたものが多かった。お金の多くは本を買うことと、後輩たちとの付き合いに使っていたからだ。

荷物を出そうとしていたときに彼女がやってきた。

一緒に掃除をしてくれた。その後ろ姿を見ていると、切ない気持ちでやりきれない。

やはり私は彼女のことが大好きだった。

あと数日で数多くの思い出を残し、この地を旅立つことになる。

私は、もう過去はあまり振り返るまい、これからの自分の将来の目標に気持を向けよう、そう思った。

しかしそれはこの時の私にとっては無理なことだった。

大学に入学したばかりの頃やサークルでの出来事、Nと過ごした日々、後輩達や彼女とのたくさんの思い出。

全てが押し寄せるように私の心を離さない。

振り返ってみるとなんと素晴らしい大学生活だっただろう。鹿児島に出てきてすぐに感じた大学生活への、ある種の失望も、今となってはただのスタートラインだったのだと思える。

最後になるであろうこの時の彼女との時間によって、東京での新しい生活に思いを馳せる余裕もないほどに、私の心は過去に縛られてしまっていた。

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投稿者:

山道 清和

日本の未来への発展と繁栄のために、日本の学生には自分から学び、考え、自分の意見を持つことのできる人材になって欲しいと心から願っています。就職や公務員試験に関する相談も受け付けています。遠慮なくどうぞ。

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