大学院での心得
忙しそうに喫茶店に現れた教授の姿が見えると私はあわてて席を立った。
それに気づいた教授はすぐに私の席の隣に座り、あわただしく飲み物を注文した。窓際の外向きの席しか空いておらず、私はそこで待っていた。
テレビで見るよりもやや年老いて見えたが、行動は機敏ではつらつとしている。
教授は唐突に「大学院では何をやりたいと思っているのか」と尋ねてきた。
私は自分の関心の赴くところを述べたのだが、教授はしきりに「大学院では重箱の隅をつつくような研究をしなければだめだ」と言われた。
教授の心配とはこうだった。
教授自信がマスコミで名が知れていて、しかも一般向けの本も書いているために面白がって近づいてくる輩がいる。学部の学生もそうで、大学院の希望者もそのような人間が多くいること。だから、大学院に来るならば、自分なりの研究課題をもって、研究に来ることを忘れるな。
アカデミズムの世界で生き残っていくためには、小さな狭い範囲の研究をコツコツ積み上げていかなければ学位も取れないし、ましてや大学の教員になることは難しい。
このような危惧を抱かれているようだった。
私は確かにこの教授の学際的で様々な分野を飛び越えたような大きな視野の学問に惹かれていたので、この教授の指摘は当たっていたと思う(現に研究者にはなっていないし、なれなかった)。それに栗本教授の大学の聴講生や学部生は、やはりこのような傾向があって、勉強好きではあっても、研究者としてやっていけるかどうかは、また別問題ということだったのだ。
しかし私はこの段階で、教授の言わんとしていたことが十分に理解できていなかったかもしれない。
私は「がんばってやってみます」と答えるのが精一杯だった。
このような大学院での学問的なことや、自分が有名であるがゆえに巻き起こる様々な問題について教授は話しをされた。
私の中には、マスコミの世界でも活躍されている教授の近くにいることで色々な面白い世界を見ることができるのではないか、という期待もあったことは否定できない。
教授は「有名人だからという理由だけで私に近づいてきてはいけないよ」と言いたかったにちがいない。
それは確かにその通りであった。
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