再び、孤独からの出発
学生時代をいかに生きるか まとめ編 その42
今年も大勢の若者が大学に入学していることだろう。
私が入学した大学でも当時は大きな会場を借り切って、入学式が行われた。その大きな会場に、あまりにも多くの学生がまとまりもなく集合していて、不思議な孤独感を感じたのを、今でも憶えている。
高校のようにクラスというまとまった単位もなく(語学のクラス分けや学科単位でのクラスは一応あった)大勢の中の独りを意識した。
高校時代の友人が同じ大学に数名きていたが、それほど仲がいいわけでもなく、無理に人と群れるのも好きでなかった私は、人間関係のわずらわしさから、独りでいたいと思うようになっていった。
自分が大学に来た目的などなかったし、そこで何をするか、ということも考えてはいなかった。
そんなに深刻にならなくても、就職はたくさんあった。
今までとは違うステージに生きはじめたときに、人は今まで積み上げてきた多くのものを一旦リセットせざるをえなくなる。
そんな時は、自分とは何か、自分は何ができるのか、他人の助けをあてにせずに、自分としてなにができるのか、あるいは何をすべきなのか、ということを考える。
その意味で、大学に入学してすぐに、意味もなく他人と群れて、孤独を失うことは、大きな損失であるかもしれない。
何となく一人になることが嫌で他人と群れているうちは、決して強くなれない。
田舎から独りで都会に出てきて、孤独な生活をしていても、友人や仲間はすぐにできるものだ。
しかしだからこそ、最初に感じる孤独感を大切にして欲しい。
原点はいつも自分の内にある。
全てのもののスタート地点は、その足元にある。
だから、その足元を確かめるためにも、そして、自分の立ち位置をしっかりと確認するためにも、孤独から出発することを恐れてはならない。
やがては大勢の人間の間で、その相対的な関係の中で、もまれ磨かれ、鍛えられていくのだが、中心核のないものは、決してどんな結晶も生み出すことはできないのだ。
大学での重要なテーマは多くの人との人間交際の中にある。それはそうだが、しかし、だからこそ孤独になって、独りになって、考え続けることを忘れてはならない。この独りであることと、多くの友人を作り協力関係を持ちつつ、大学時代を過ごすことは全く矛盾しない。人間は独りでいるだけではダメだが、他人と一緒にいるだけでもダメである。
この双方のメリットを十分に享受できるのも、大学時代ならではの醍醐味なのである。だからこそ、この双方の時間を共に大事にして欲しい。
この双方の時間をフルに生かし切れてこそ、大学時代は真に充実したものになる。しかし、いつも人間は孤独から出発するのだ。
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