修士論文を完成させる

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数ヶ月の準備の末に修士論文の大枠を決めて下書きを書いた。

ゼミのときに簡単な発表を行い、教授に論考を見せた。

「短期間でよくこれだけ準備できたな」と教授は初めてほめてくれた。

この頃は今のようにＯＡ機器が十分でなかったからワープロで打って印字するのも大変だった。

テレビのような大きなワープロを買ってきた。それに大量のインクリボンを買ってきて原稿用紙３００枚ほどの論文を打ち出すのである。

この作業だけで異常に時間がかかった。文字の間違いが見つかるとページがずれたりするので神経を尖らせて作業に打ち込んだ。

この頃には土日にやっていたアルバイト（便利屋）が非常にいい息抜きになっていた。

アルバイト先の社長はいつも私に気を遣ってくれて大切にしてくれた。

「ずっとここで働かないか」と言われた。汗を流して毎日仕事をやりきったという実感のともなったこの仕事が私は好きだった。多くの人々の生活を垣間見る仕事だ。この仕事の中だけででも、どれだけ多くの人に出会って、実に多様な生活や家族の在り方や、人生の在り方にふれたことか。

だから、そんな仕事も悪くはない。

図書館や家にこもって専門書と格闘し専門用語を駆使して話したり論じたりする世界とたくさんの人々の日常生活に密着したアルバイトの世界。

どちらも本当の世界だ。

アルバイトをしていたおかげで逆に私は修士論文を短期間で完成させることができたのだと思う。

この仕事のおかげで体力がついたし、気持ちの切り替えができた。

知力を磨き生かすためには体力を、体力を生かすためには知力を磨く。その大切さを実感した時期だった。

最後は朝方まで数日作業を続けてついに修士論文の完成をみたのである。

（この論文は今も手元にあるが、内容の拙さに恥じ入る限りである）。