他人の立場に立つということ
大学生の公務員試験や就職試験の面接の指導をしていると、自分の強みとして
「他人の立場に立って行動できる」ということをPRする学生が多いことに気がついた。
私に言わせれば、そんなに簡単に他人の立場に立てるわけがないだろう、と思う。
人間にはそれぞれに、これまで生きてきた歴史や経験があり、それはその人の立場や置かれた位置、環境などによって実に様々であって、同じものはただの一つもない。
それを踏まえると、他人の立場に立って行動することがいかに難しいかがわかるだろう。
いや、結論を言えば、「他人の立場になど立てない」のである。
だからせいぜい、できるだけ他人の状況や気持ちに配慮して、自分なりに可能なことを一所懸命にやることができる、というのが本当のところだろう。
その意味では、やはり学生は、自分や他人に対する考察が甘いと感じるのである。
というか、やはりそのようなPRは浅いと言わざるをえない。
もっと分かり合えない経験や、理解しがたい人との出会い、そして、とても想像できないくらいに精神的に、そして経験的にも遠く、つかみえない人との出会いを経験して欲しい。
そうすることによって、他者として自分が何ができるのか、何をすべきなのか、もっと深い考察が得られるのではないだろうか。
その意味で、もっと異質なものとの出会いに対して、積極的であって欲しいのである。
「いいね」を共有する、小さなコミュニティに所属しているだけではわからない、人間の距離感や断絶や理解不能な深淵を、学生時代に経験できたら、それ自体がとても貴重なPR材料になるのではないかと、私には思える。
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