いつ芽が出るかわからない種を蒔く
間奏曲―フリーターの時代―その15
私が最も時間的にも体力的にも苦しかった時期の家庭教師については後日談がある。
土曜日の夜に、2時間の家庭教師を引き受けて、実際にその生徒を見たが、とにかく基礎学力が全くできていなかった。特に数学は基礎計算さえ、ままならない。英語ももちろんのこと、これではもうあと1年もない受験に間に合わない。
そう考えた私は、数学は基礎計算のみに特化して、比較的本人の抵抗感の少ない英語に時間の多くを割こうと決めた。
なにせ私も疲れてヘトヘトの状況だったから、彼に問題を解かせているときなどはウトウトしてしまうこともあった。しかし、彼はその間、私には何も言わずに、問題を黙々と解いていて、終わったら私を起こして確認と解説を聞いていた。
申し訳ないとは思いつつも、疲れが極度にたまってくると、そのようなことはしばしばだった。それでも彼はサボったりしないで努力してくれた。
受験期になって、英語は苦手意識を脱してきていたが、数学はどうしても基礎計算の域を脱することができずに、受験を迎えることになった。
結果は、何とか合格。倍率の低さにも助けられて、彼は高校に行くことになった。
それから2年後。
私の部屋の電話が鳴った。
元気で明るい少年の声。聞いたこともない声だった。
最初は全く誰だかわからず、名前を聞いて初めてそれが彼だと思いだした。彼は中学時代は本当に自分に自信もなく暗かった。誰とも話さずに心を閉ざしていた。そんな彼が自分から私に電話をかけてきたのだ。
「先生、英語のテストで、僕、学年で1番になったよ」
自信に満ち溢れた彼の言葉に、ここまで人間は変わるものかと、本当に驚いたものだ。うれしそうに報告してくれる彼の声に、私は心から、あの時家庭教師を引き受けていてよかったと思った。
自分としても最も苦しい時期であったが、何らかの実りを得た気持ちがして、心から報われた。
彼もまた、自分に自信を取り戻したのだ。本来の自分に戻れたのだ。この明るい自信に満ちた姿が、彼の本当の姿なのだ。
時間や労力を英語に傾斜配分して勉強をさせて、その教科で結果を出して、自信を取り戻してくれた。
もはや私に、これ以上の喜びがあろうはずもない。
2年前に蒔いた種が芽を出した瞬間だった。そしてこれはきっと、これからまだまだ大きく花開いていくはずだ。
この時、私は心から、教育の可能性を信じることができたのである。
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