「国家と教養」 藤原正彦
ベストセラーになった「国家の品格」の著者、藤原正彦氏による著書。藤原氏の本は他にもかなり前になるが「若き数学者のアメリカ」という本を読んだことがあった。この「国家と教養」では、今の民主主義の世界では、国民の教養が不可欠である点が述べられている。
また、その教養の根本になるのは「読書」であるということも。
教養というものが世界史の中で果たしてきた役割、そして逆に果たせなかった役割についても述べられており、現代の私たちにとってどのような教養が必要かが述べられている。
曰く、人文的教養、社会的教養、科学的教養、大衆文化的教養、このようなものをバランスよく身につけることが必要だというのだが、これを国民に要求するのは、現状では絶望的ではないかとさえ私には思える。
私自身も教養主義者であるが、科学的教養や大衆文化的教養には疎く、とても十分な教養があるとは言えない人間だ。ただ、この4つの教養の必要性は理解できる。
また、この本では、ユーモアの重要な役割についても触れられている。知性とユーモア、教養とユーモアは近いところにあることは間違いない。この著書の中にも、時折筆者らしいユーモアが混じっている。
また、これからの教養は「いかに生きるか」を問うことだ、という著者の言葉には、完全に同意するしかない。私がこのような文章を書いたり、ブログを作ったりしているのもまさにこれが目的だからである。
大学で再び教養というものに目が向けられ、それが重視される日が来ることを願って止まない。もちろんその教養とは「日本人の日本人による日本人のための教養」が基本になるべきだろう。まずは自らを知り、自らの属する社会や国家、民族を知ることが教養の基礎になるべきことは間違いのないことだ。
この本には戦前から戦中、そして戦後にかけて、日本の知識人が当初は戦争を煽っていながら、戦後は手のひらを返したようにGHQの意向に従い、軍部や政府を批判し始めた節操のなさや、カメレオンのように環境に合わせて保身を図ってきた知識人を厳しく批判しているくだりがある。
この著書には触れていないが、例えば、「朝日新聞」は、戦中は戦争を煽りに煽って、一億総玉砕の社説まで書いていたが、戦後は手のひらを返したように、自分たちの責任は棚に上げて、日本の国家を崩壊させるような捏造記事を書き、反日のあおり記事を書き続けている。
このような人たちが戦後の日本を本当にダメにしてきたと思う。戦後、保身に走った知識人やマスコミなどは引退を勧告したいものである。日本を真の教養ある国家にするためには、このような人たちが言論界やマスコミの中にいてはならないからである。
今後の日本の行く末を思うとき、国民全体に、いかにしてこの「教養」を身につけてもらうか、国家の主権者としてのインテリジェンスを手にしてもらうか、教育の責任は重いと言わざるを得ない。
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