目標は仮のものでいい
夏休み、この大学時代に何を目標にしようかと考えた。目標というものをあまり硬く考えると、結局何も設定できないものだ。それは、目標なんて最終的な目的ではなく、途中の通過点にすぎないから。その最終的な目的なんて何もわからない、ならば身近なところで設定すればいい。目の前にあることだ。
あれこれ考えるよりも、なんでもいい。とにかくやってみること。
私は法学部(鹿児島大学では法文学部の法律学科)に所属していたのだが、どうせなら難しいことを目標に設定したほうがいいだろうと考えた。心の中に、
「何をグズグズ考えてるんだ、何のために法学部にいるんだ、授業は法律の授業が中心なんだからそこから手をつけろよ」
という言葉が浮かんだ。法律を学ぶものが目指す最も難しい試験があった。司法試験。
しかし私はこの試験に関する基本的な情報も何も知らなかった。
ただ難しい試験というだけの認識。色々な本や雑誌を立ち読みして、情報を収集した。
合格者の平均年齢は28歳(当時)。多くの合格者が20歳代という貴重な時期を試験勉強にあててようやく合格できる試験だ。
現在と違い、法科大学院も司法制度改革もない。毎年合格者が全国で500名程度の狭き門。だから目標とするには十分だ。
私は当面、司法試験合格を目指して勉強をすることに決めた。

当面というのは、自分が本当に法律家になりたかったのかといえばそんなことはわからなかったし、ある意味ではどうでもよかったのである。とにかく今のような倦怠感に包まれた日常を脱却するための何かが必要だった。
「よし。やるぞ」
一応、大学の授業で憲法やら民法Ⅰやら、そんな科目を履修していたが、そもそも司法試験向きの授業であるわけではないし、大学の授業は先生の勝手な価値判断で、偏った授業がなされることがほとんどだ(失礼!)。
基本的には独学でやるしかない。鹿児島大学にはそもそも司法試験を目指す学生など皆無に近く、当然合格者もほとんどいない。よく勉強する学生でも、地元の公務員志望がほとんどだった。
一応法学研究会とかいうサークルがあったが、それほど優秀だとも思えなかった(これまた失礼)。
結局情報を自分で集め、憲法、民法、刑法の三科目による短答式試験をまず突破しなければならないことはわかった。それならそこから始めるしかない。
法律書との格闘が始まった。しかし・・・・
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