タイヤを転がす技術
間奏曲―フリーターの時代―その7
便利屋のアルバイトは、朝早くから夜遅くまで、実にいろんな仕事があった。
今でもよく憶えているのは、確か小平にあるブリジストンのタイヤ工場で、そこから出荷されるタイヤを大型トラックに積み込む作業であった。
もともとはトラックの運転手や助手が二人で積み込みをやるというものだったようだが、何せ二人ではとても大変。大小大量のタイヤを転がし転がしトラックに積み込むのだが、時間もかかるし、半端でなくきつい。
そこで、わが便利屋に仕事の依頼がきたのであった。
このようにいろんなところから仕事の委託を受けて手伝うということも数多くあったものだ。
朝から夕方まで引越しや掃除や、いろんな仕事をした後で、このタイヤの積み込み作業が夜間に入った時(というか夜間の仕事が通常だった)はもうよれよれで立ち上がれないほどに疲れ果てた。
私と便利屋の社長は、タイヤを運ぶことにかけては素人だ。
全く要領がわからず、タイヤがコロコロと違う方向に転がったり、1本1本バラバラで運ぶものだから時間もかかってたくさんのタイヤをいっぺんに運ぶことができない。
しかし、トラックの運転手は違う。5.6本のタイヤを横に並べてまとめてうまく転がし、多くのタイヤを同時に荷台に運び込むのである。
私は悪戦苦闘しながらそれをまねたが、ある程度できるようになるまでに相当な時間と期間がかかってしまった。
やり慣れた人とそうでない人では、圧倒的に仕事量に差があるのである。
この世界にはさまざまな仕事がある。そこには大小さまざまな技術があって、それぞれの場所に高い技能をもったプロがいて、仕事が回っている。タイヤを運ぶことそのものは決して高度な技術とは言えないが、このような些細なことでさえ、そこで長年やっている人とそうでない素人では大きな開きがある。
自分たちの日常も、このような多くの人々の小さな技術の集積とその作業でその豊かさが担保されている。
そのようなことを考えていると、職業に貴賤なし、ということの意味もよくわかった気がした。
自分の身長ほどもあるタイヤをうまく転がしながらスイスイと運んでいくトラックの運転手を見ていると、何年も経験を積んで、短時間で少ない労力で仕事をこなす術を身につけた人には、なかなかかなわないものだと思った。
夜の11時近くまでタイヤを転がし続けて、くたくたになって、電車で家に帰りつくころにはいつも午前を回っていた。
積んでも積んでもトラックがいっぱいにならず、タイヤを運んでいる時間が異常に長く感じられたあの時のことを、少しタイヤの大きな乗り物を見たときには必ず思い出してしまうのだ。
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