足の親指一つでプログラマーに
間奏曲―フリーターの時代―その4
福祉バスに乗りこんでくる子供たちや高齢者は、時々入れ替わりがある。移転したり、別の施設に変わったりすることがあるからだろう。
ある時、一人の少年が新たにバスに乗ってくることになった。お母さんが非常に明るい方だった。その少年は(とはいっても、年齢も正確にはわからない)手足はほぼすべて不自由であり、体が曲がっている。ただ、意識や頭はしっかりしているので、こちらの言っていることはかなり難しいことも理解していた。ただ話せない。
コミュニケーションの手段は唯一意思に従って正確に動かせる右足で、親指をつかって文字盤を指し示すことで行なう。
ただ私にとってはそれだけでも助かるのだ。何か質問をすると、正確な答えが返ってくる。
話せないのは、顔もマヒがあったからで、口は開きっぱなしだから、口から絶えずヨダレが落ちてくる。これをぬぐい続けるのも私の仕事だった。
その彼は、家ではパソコンを使っているのだという。当時はまだそれほど普及していない時代ではあったが、足の親指でキーをたたいて使うのだという。
四肢がほぼ動かず、話もできない。その状態でも自分の持てるわずかな身体機能を使って、活動する姿には頭の下がる思いがした。
彼にパソコンを使って、将来は何をやりたいのか、と聞くと、「プログラマーになって、自立するのだ」と言っていた。
私にはまだ、将来の明確なビジョンも何もなかったが、このように条件が制限されていても、前向きな希望と夢を語れる人間がいるのである。
彼は、よく笑い、明るかった(表情やうめき声の様子でもそれはよくわかった)。
人間の前向きな姿勢も、情熱も、夢や目標も、決して必ずしも条件に制限されないのだということを、彼は私に教えてくれた。
全てが恵まれ、条件は整っているのに、「お前は何をしてるんだ」と。
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