学生としてのプロを目指して
人生は、実に様々な学びの機会に満ち満ちている。
成功からも学び、失敗からも学び、人からも、環境からも、自然からも学ぶことができる。
この世界は、このように作られているのだと、私は思う。
その意味では人間は、この世界においては、すべての人が「学生」である。
「学生時代をいかに生きるか」というのは、本当は「人生をいかに生きるか」ということと同義なのだ。
学生は、当然に学内での様々な学びや経験の機会がある。それに加えて、社会人にはない自由な時間がある。組織や社会的なしがらみがない世界を生きることが可能だ。
それは社会人になると多くの人が欲する「自由」があるということなのである。
「自由」は人間の成長の機会を提供するものだ。多くの学生は、就職して社会に出ると、基本的にはこの自由を失ってしまう。会社組織のしがらみ、人間関係、利害関係から自由になれる人はいない(もちろんそのしがらみから学ぶこともできるが)。
しかし、人間の原点は、学生であり、自由な時間を自分の成長のために使うことが本当は義務付けられている(と私は確信している)。
学生時代には、その原型を作ることができる貴重な機会なのである。だからあらゆる機会をとらえて、学ぶ。一日も無駄にしてはならない。
社会に出ると、そのような意識を持ち続けることは難しい、毎日が一定のリズムでの枠にはまった、固定的な生活や生き方になってしまうからだ。そこには自由はないが、悪い意味での慣れと惰性が待っている。
そうならないためにも、学生時代には学びのプロ、学生としてのプロを目指してほしい。学ぶものとしてのプロの姿勢を身につけるのだ。漫然と日々を過ごすのではなく、日々発見と発明の時間を過ごして欲しい。
人間はこの世界において学生である。学びの人生こそがその本質である。
だからまさに学生である時期に、学ぶものとしてのプロを目指して努力するのである。
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