教育と経営、矛盾と葛藤
学生時代をいかに生きるか ―専門学校教師編―その20
私立の学校はどこでもそうかもしれないが、教師のやるべきこととして、授業はもちろん学生募集や学校経営にかかわることがある。
もちろん専門学校などは、しっかりと高校生などにアピールしなければ学校は学生が集まらずにつぶれてしまう。
私が入職した当時は、私自身、当然ながらまだそのような意識は薄かった。当時の日記を読むと、主任(当時は一番末端の管理職)の仕事の多さに、同情的な記述がある。自分のクラスの授業だけでなく部下のクラスの管理や試験結果に対する責任、退学者を出さないようにするための管理はもちろん、学生を集めるための対外的な仕事もあった。
私もやがては管理職になり、このような多忙な仕事の坩堝に投げ込まれるわけであるが、当時はまだ自分のクラスのことだけを考えればよかったので、管理職の先生に比べれば平和なものだった。
学校経営という観点を強く意識したのはやはりこの専門学校に入ってからだった。これまでは教師は教師。勉強を教えるだけの観点からの仕事しか考えていなかったのだが、実際はそれ以外の仕事の方が重要になってくる。
特に、管理職になるとそのような業務を優先させなければならなくなり、クラスの運営がおろそかになる管理職もいた。しかし、これは本人の問題というよりも学校経営のマネジメントの問題でもあった。
また、クラスではできるだけ退学者を減らすためにいろいろな手を打たなければならない。専門学校の授業の厳しさや、拘束時間の長さなどから、大学に行きたくなってやめる学生や公務員試験をあきらめてしまう学生もいた。またクラス運営がうまくいかず、学生の不満が噴出して退学者が続出するクラスが出るなどの問題もあった。
いい教育、結果の出る授業をやっていれば基本的に学生や保護者の不満は出てこないから退学者も出ないはずだが、これがなかなか容易ではない。
特に、専門学校は(今では大学もそうかもしれないが)基礎学力も十分ではない学生が無試験で入学してくる。学校の建前としては、学力によってチャンスをつぶすことはしない、ということになるわけだが、担任としてはなかなか大変なのである。
高校までの数学の知識が十分ではない学生に、なかなか難問の多い、大学卒業程度の試験の問題ができるように指導しなければならない。これは個別指導でもやらない限りは、容易なことではなかった。
その意味では大学卒業程度の試験に合格させるという建前で学生をこのクラスに集めるわけだが、半数以上の学生は合格できない、ということになる。
経営的な観点から言えば、どのような学生も入学させてチャレンジさせるということになるのだが、やはり無理があるのではないかと思うようにはなっていた。
ある程度の基礎学力が前提にあって、そのうえで本人がかなりの努力をしてこそ、理想とする結果が出せる。その意味で、外部に宣伝できるような結果は、一部の学生が出しているのである。
基礎学力の低い学生には、専門科目など放棄させて、高校卒業程度の試験に確実に合格させるように導くべきではないかとも思った(ただ、最終的には高校卒業程度の試験にはほとんどの学生が合格していた)。
しかし、クラスは一体として運営していかなければならないし、専門科目で成績を付けなければならない。大勢の学生を相手に、自分の中で微妙な葛藤を抱えながらしばらくは担任業務を続けることになるのである。
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