自分の中の多様性について
私たちは、自分がどのような人間であるかという自己イメージを持っている。
それはこれまでの人生の中で、他人の評価だったり、多くの経験の失敗や成功によって、生み出されてきた顔である。
例えば、中学や高校までは、内向的に見えた生徒が、大学になると別人のように外交的になる、積極的になっていく姿は、よくあることだ。
これは、高校までの自己イメージが変わってしまい、別の自分の可能性が発掘されたからに他ならない。これが本人の手によってなされたのか、他人の評価によって変化したのかはわからないが、学生時代には、様々な自分の中に眠る多様性に触れる機会をたくさん持つといいだろう。
そのためには、仮面をかぶって演技をしてみること。
ああなりたいと思ったペルソナをかぶり、それを演じてみることが大切だ。
これまでの自分との一貫性なんて気にする必要などない。
そうして、演じているうちに、その演技している自分に引きつられて、自分の潜在的な個性が析出してくることがあり、それが実はその人の本性だったりするのだ。
また、自分が模範とする人や理想とする人のまねをして行動しているうちに、それが自分自身の習い性になり、そのような人になってしまうことも十分にありうることである。
なぜなら、人間には他人が持っている性質の中で、自分中にその性質が全くない、という人は誰もいないからである。
人間の心や個性は実はもともと軟体であり、努力や習慣によってその個性を変化させ、新たなものにしていくことができる。
つまり、どのような人間にも、変わっていくことができるということだ。
これは人間の本質としてそうなのであって、スローガンではない。事実である。
だから、もし自分の理想としての人間像があるならば、そのように思考し、行動し、ふるまい続けることだ。
そうすることで、あなたは確実に、自分の理想の人格や個性に変わっていくことができる。
過去の自分の習性による揺り戻しはあるかもしれないが、ただただ継続して、その理想の振る舞いを継続していくと、やがてそれが本当のあなたになる。
もちろん、演技を続けていくと疲れるかもしれないが、それは過去の習慣が変わることによる軋轢であって、魂の本質的な苦しみではない。柔軟体操の時の痛みのようなものなのだ。
学生時代に、多くの出会いや経験が必要なのは、このように自分の中に眠る多様性に気がつき、変化していける可能性に気づく必要があるからだ。
それが将来創造的な仕事をし、他人の多様な個性を包容していく大きな力につながっていく。
明日から、自分の理想の人間像を演じ続けてみるといい。
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