Calling天からの声が聞こえた日
間奏曲―フリーターの時代―その32
来た通知のあまりの封筒の薄さに、「やはり、だめか」と落胆した。
しかし・・・・・・合格・・・・最終選考への案内。
急に明るい未来が開けそうな気がした。あの面接でも通用するのか。
ついに専門学校の講師としての試験の最終選考に残ったのである。
あと一回の面接を突破すれば自分の働きたい世界に入ることができる。今度はもう合格したような気になっていた。昨日までの不安がうそのようだ。
アルバイト先はもうすぐ更新の日程が迫っていて、病院の病棟の婦長には「また更新して働いてくれるわよね」と、そんなことを言われていた。
この採用試験の結果がわからない限り、安易に更新の手続きは取れない。もう少し待ってもらうことで、結論を先延ばしにした。
通知が来てからおよそ一週間後、最終面接に臨むことになったのである。
面接の準備。この段階でも私は特別な準備はしなかった。ただ、自分の気持ちを高めることと、過去の自分のやってきたこと、今後やりたいことを考えた。
今まで働いてきた様々なアルバイトから得たこと、そこで身についたこと、それについても考えた。そしてとにかく言語化することに努めた。電車の中や歩きながら、自分の考えをまとめた。そして一人語りをした。
しかし・・・・・・自分の行く手をさえぎるように面接試験の前の日に台風が接近。面接当日の朝方まで天気が悪かったのだ。ただ外は台風一過で晴れ渡り、天気は良くなっていた。
スーツを着込んで電車に乗った。乗り換えの駅でJRの職員のアナウンスが流れていた。
「昨日の雨の影響で運転を見合わせています」
愕然とした。このままでは面接時間に間に合うように会場に着くことができない。
何とか復旧を待ったが無残に時が流れる。面接に遅れて採用されることはありえない。
これも運命なのだろうか。何でこんなことになるんだろうか。
駅で途方にくれた。間に合いそうにない。面接に出席できないことを連絡しなければと思った。当時は携帯電話などなく、公衆電話を探した。
最大のチャンスを失った。ここまでせっかく残ってきたのに。
電話に出た女性が、採用担当者に代わってくれて、私は事情を説明して本日は欠席する旨を伝えた。
「ああ、そうですか。いいですよ。来週も別のグループの面接がありますからその時にお越しください」
「え、また来週試験を受けられるんですか?」
「全く問題ありません」
来週同じ曜日で同じ時間にまた来てくれということです。
こうして再びチャンスが与えられたのだった。冷静に考えると不可抗力で面接会場にたどり着けなかったわけだから、それで不合格になることはないのが通常ともいえるのだが、私は世間知らずであり、このような時期や時間厳守は絶対だと思い込んでいた。
家に向かう電車の中で、自分の道はすでについているのではないか、という確信のようなものが心に宿った。
自分の学生時代を振り返り、この時期の若者に大切なもの、一番必要なこと、それに対して自分ができること。自分が教育者になったら是非やってみたいことについてさらに思いを巡らせた。
これに関する考えがまとまった段階で、私は内定を確信したのだ。呼ばれている、間違いなく道がつながった。心の底からそう感じた。
一週間最終試験が延びたことで、なぜか私の中には自信と確信が生まれた。
一度落ちたようなものだ、怖いものは何もない。
私はこの段階で、アルバイト先に来月で仕事をやめて、もう契約の更新はしないことを告げた。
先延ばしをして病院に迷惑をかけたくなかったこともあったが、ここで自分の人生の方向が大きく変わる事を確信していたのである。
自分の天職に出会うとき、それはあたかもパズルのピースがしかるべき場所にはまるように、そこに行き着いてしまうものだ。
私には自分を呼ぶ声が聞こえていた。
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