大学院というところ
友人のマンションから私が通う大学は電車で1時間40分ほどの時間がかかった。この場所から大学に通うにはかなりの時間と労力が必要だ。
福生の駅からお茶の水の駅まで。なかなか長い電車の旅だ。
できるだけ早い時期にお金を貯めて、大学に少しでも近いところに引っ越そうと考えた。
それまでは不便ながら、アルバイトでお金を稼ぎ、大学に通うことにした。
大学院の授業は、必要な単位はあるものの、実際にはほとんど拘束されることがなく、自分で研究テーマを決めて論文の作成を行わなければならないということだった(私は大学院に入るまで、その授業の内容や実態はほとんど何も知らなかった)。
自分の研究テーマを指導教授と相談し、それに基づいて修士論文を作成しなければならない。また語学に関しては英語とフランス語に関してかなりの力が要求された。
当時はオーバードクターなどといって博士号を取得しても大学に就職先がなく、何年も大学に在留し続ける学生が決して少なくはなかった。かなりの実力がないと大学の先生になることは無理なのである(実力だけでもなれないということが後にわかったのだが)。
私にとっては何年も大学に居続ける、そのようなことは許されない。
この二年間で自分なりの将来への結論を出さなければならない。
なかなかハードな二年間になりそうだ。そんな気がした。
ただ大学院では非常に親切で優秀な学生が多く(最初はなんでこんなにいい人が多いのだろうと驚いたくらいだ)、人間関係には非常に恵まれたと思う。
知的なものに関心が高く、興味が近いことが理由だったかもしれない。
特に、田舎から出てきた私に周囲の人々はとても親切で、色んなことを教えてくれた。
教授の授業も非常に興味深いもので、私の知的好奇心をいつも刺激してくれた。
おかげで私の視野(学問的な意味で)は本当に大きく広がったと思う。色んなことを知っている大学院の学生たちを見ていると、こんなに知識や教養が豊かな人がいるのかと驚かされた。
それに比べると私などは無知の極みだったのではないかと思う。
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