多文化共生の現実について

多文化共生の現実について


公務員試験の面接の対策の中で、学生と模擬面接を行うことがある。

その中での質問として「公務員になったら特にやりたい仕事」について質問する。

そうすると一定の割合で「多文化共生」に取り組みたいという学生がいる。もちろん世界は多様であり、多様な民族や国家があり、それが地球という舞台で共生しているわけではあるから、それを日本国や地域の中で実現するという仕事はあるだろう。

しかし、この「多文化共生」を成功させるというのはそう容易なことではない。

実は日本人のようにお互いにお互いを忖度し合い、無言のうちに配慮し合う心根を持っている人同士であればこれは可能なことだ。

しかし、世界のほとんどの人々は、この日本人がもつ心性を十分には有していない。

日本が島国であり、海で外国と隔てられて、国家や民族同士の争いにほとんど巻き込まれることなく長歴史を刻んできたことによる高度な日本人の個性なのだ。

このような人々が集まる日本で、海外から異なる文化や慣習をもつ人々が流入してきたときに、どのような問題が起きるのかは容易に想像できるし、すでに外国人の多い地域ではその問題が表面化している。

日本はこれまでの歴史の中で、排外的だったことはなく、徐々に徐々に海外の人々を日本に受け入れ、同化してきた歴史を持っている。それは今後も継続していくべきである。

ただ、現在政府が進めているような急激な移民の増加は問題が多い。日本語も学んできていない、日本いついてはほとんど何も知らない、そして自分の国でも十分に仕事ができないような人が大量に入国すると、自分たちだけが生きやすい自分たちだけのコミュニティを作ってしまうことになる。

地域では分断が起きて、外国人と日本人が反目し合うような事態になる。外国人が急激に増えたことによる様々な弊害は、調べれば多くの事例を知ることができるだろう。

そして海外では移民の受け入れはほとんどの国で失敗し、移民排斥に舵を切っている国も多くなっている。

私は公務員を目指す学生に自分がやりたいことを考える前に「地域課題」や「地域資源」(国家公務員であれば「国家の課題」や「国家の資源」)をきちんと調べて学ぶように指導している。

「課題」や「資源」を考える時にはきちんと現状を見なければならない。現実や現場を見ることでしかわからないことがある。

現実にきちんと向き合えない政策が国によって遂行されている現在(それはきれいごとの理念と利権が結びついているものだ)、行政の現場で現実と対峙していくことは非常に大変なことである。

地域や仕事の現場から声を上げ、問題や課題を政治の世界につきつけなければならない。

そこに仕事の厳しさがある。

それでも素晴らしい日本を後世に残すために、若者には何ができるのか、そして何をすべきで何をすべきでないのか、しっかりと考えて欲しい。

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投稿者:

山道 清和

日本の未来への発展と繁栄のために、日本の学生には自分から学び、考え、自分の意見を持つことのできる人材になって欲しいと心から願っています。就職や公務員試験に関する相談も受け付けています。遠慮なくどうぞ。

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