独りになるべき時
私が大学生になったばかりのころ、受験勉強から解放されて、色々なものが目新しく感じた。
大学に入ってから、サークル活動に参加し、様々な人と会い、色々と忙しくしていたものである。
また、忙しくしていなければ、なんだか時間がもったいないような気さえしていた。
しかし、それは間違っていた。
やがて人間関係に疲れ果て、毎日の喧騒に疲れ果て、自分の世界に籠ることになった。
ただ、そのようにして独りになる時間を作ることが、私にとっては最も生産的な時間になった。
自分について考えた。これまでの自分と今の自分、そして今後の自分。
生き方や人とのかかわり方、自分の根本的な価値観や人生観。
そのような時間がなければ、本当は人間にとって、真に生産的で有意義な生活であるとは言えないのである。
自分で深く物事を考える。沈思黙考の時間。
それがない学生が多いのではないかと思う。通信機器が便利になり、いつでもだれとでも連絡が取れる。
孤独からは解放されたかに思えるかもしれないが、実は自分を失っている。
いつも何かをしていなければ落ち着かない、いつも誰かとつながっていなければ寂しい。
ラインなどでのやり取りで、いつも誰かとつながっていなければ、自分を見失いそうになる。
しかし、そんなことでは、貴重な大学時代は不毛なものに終わるだろう。
全ての連絡機器を遮断し、たった独りで静かに考える。真剣に自分のことを考えるのだ。
学生時代をいかに生きるか、そして社会に出たらどのような人生を歩むのか、自分が大切にしたいものは何か、失いたくないものは何か、実現したいことはあるか、自分はどのような個性を持つ人間か、など考えるべきことは山ほどある。
そして、これを考え抜くためには、独りになる必要がある。
誰の助けも借りることなく、たった独りで考え抜く。
学生時代にはまず、自分という存在について、たった独りで、その思考の全てを引き受けて、考え抜かなければならない。
考える習慣をもち、強靭な思考力を鍛える。
そのためには、独りになるべき時間が、どうしても必要なのだ。
努めて、そのような時間を日常の中に取り入れるようにしよう。その習慣が、大きな実りをもたらすことに、あなたはやがて気がつくことになるからである。
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