医師になった看護師さん

医師になった看護師さん


間奏曲―フリーターの時代―その22

虎の門病院の病棟の看護師さんの一人から、ある日声をかけられた。相談したいことがあるから、仕事が終わってから会って話したいという。

急な話だったので、一体何だろうと不思議に思ったが、どんな内容なのかを事前に聞くのも野暮な話なので、ただ承諾して、その日が来るのを待ったのだが、気になって仕方がない。

病棟の看護師さんとは仲が良かったとは思うが、やはり我々看護助手とは世界が違うという気がして、看護師さんの方から相談を持ち掛けてくるなどということは、これまでに一度もなかったからだ。その看護師さんは年齢24歳くらいだったか、まだ私より少し若いくらいだった。いつもニコニコと明るく働いていてとても好感の持てる人だった。

会って話す当日になった。私は一足先に仕事を終えて、待ち合わせた場所で彼女を待った。時間通りに彼女はやってきて、どこだったかもうほとんどその場所は憶えていないのだが、どこかの喫茶店に入ったように記憶している。

何の話かと私がドキドキしていると、「実はね・・・」という具合に、彼女は単刀直入に話し始めた。

彼女は毎日看護師として働いていながら、看護師としての限界を感じてもいて、可能であれば医者になって、医療の世界で仕事を続けたいとのことだった。確かに治療の方針などは基本的に医者が決めるのだろうし、資格要件としても看護師にはできることに限界があるのだろう。

それで、看護師をやめて、医学部にはいるために勉強したいとも思うのだが、そこで私の意見を聞きたいというのである。私は医療の世界のことは分からないし、この彼女の選択の前で、なぜ私に相談してきたのか、何を相談したいのかますますわからなかった。

彼女は結局、次のような相談を私にした。

今年度で看護師をやめて、医学部に入るための勉強をしたい。実は今も少しずつ勉強はしている。看護師をやめて1年近い勉強で医学部を受けたい。あなたはこの挑戦をどう思うか、可能だと思うか?ということだった。

私が学習塾のアルバイトをやっていたり、将来は教育の世界で仕事をしたいといったりしていたので、現実的にどうなのか意見を聞きたかったのだろう。

私は実際、彼女の現実の学力も知らなければ、医学部も大学によってレベルの差があるだろうから、正直に言って、返答に困ったのである。

ただ、しばらく話しているうちに、それが「可能かどうか」ということよりも、彼女が「挑戦すべきか否か」を私に聞いていたのだということがわかってきた。話の節々からそのような気持ちが伝わってくるのである。

きっと本人はもう決めていて、背中を押してほしいのだと。

私は、このように答えたと思う。

「今の自分の仕事に限界を感じていて、医者になってやりたいことがあるのならば、絶対に挑戦すべきだ。看護師は資格があればいつだって戻れるのだから、リスクなんて何もない。是非やったらいい」

彼女はあの笑顔で嬉しそうにうなずいていた。

こんなことを真剣に考えている看護師さんがいるのかと、私は心から彼女には感心したし、尊敬の念を抱いた。

彼女は約束通り、しばらくすると病院をやめて、予備校に通い始め、医学部進学を目指し始めた。

その後、私も病院をやめて、フリーター生活に終わりを告げたのだが、1年後彼女から葉書が届いた。

葉書には、無事に医学部に合格した旨が書かれており、私に対する感謝の言葉が添えられていた。

本当にあれだけのわずかな期間で、よく合格を果たしたものだと、驚きもし、彼女の努力には頭が下がる思いであった。きっと、看護師を続けながらも勉強をしていたのだろうし、やめてからはもっと打ち込んで相当な努力をしたのだろう。

それ以降、彼女とは音信が途切れてしまった。それぞれ別の道を歩んだが、一時期同じ病棟で、一緒に働き、彼女の人生の選択の時にほんの少し背中を押してあげられたことを、今では誇りに思っている。

きっと立派な女医になって、今でも多くの患者さんのために、ニコニコとあの笑顔のままで、医療活動を続けているに違いない。

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投稿者:

山道 清和

日本の未来への発展と繁栄のために、日本の学生には自分から学び、考え、自分の意見を持つことのできる人材になって欲しいと心から願っています。就職や公務員試験に関する相談も受け付けています。人生相談も遠慮なくどうぞ。

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