コインシャワーの恐怖
間奏曲―フリーターの時代―その17
お風呂もない部屋に住んでいると、当然に日々の生活は外部に頼ることが多くなる。お弁当屋さんやコンビニで食べ物を買う。外の定食屋でご飯を食べる。
お風呂は、まだこの頃近くに銭湯があったのだが、それも値段がだんだん高くなり、家計を圧迫し始めていた。そんなときに、歩いて5分ほどの場所に、コインシャワーを見つけた。
ラッキーなことに(当時はまだそれを必要な人が私以外にたくさんいたということだ)5分で100円である。
100円を入れて蛇口をひねるとお湯が5分間出るのだ。その間に猛烈な勢いで体を洗い、流すところまでやらなければならない。私の動作が速いのは、この時の修行の賜物なのだ。
ところが、冬のある日、悲劇が起きた。
病院のアルバイトに行く前に、朝の5時前だった。1月だ。外は寒くて仕方がない季節だ。いつものようにコインシャワーに行く。この時間だから他の誰も使っていない。いつも使っている場所に行って、100円を投入。シャワーから水が出てきたので、少し冷たいのは我慢して猛烈なスピードで体を洗い、水がお湯になるのを待った。しかし、いつもなら30秒もすればお湯になるのに、一向に暖かくならない。泡だらけで震える私の期待をよそに、水が出続けた。
このままでは5分が過ぎてしまう。水が止まったら悲劇である(泡はどうするんだ、泡は)。私はいつも100円玉一つだけをもってコインシャワーに出かけていた。
この5分でかならずケリをつけなければならないのだ。
ついに、仕方なく、出てくる冷たい水で体や頭を流すしかなかった。何という悲劇だろう。震えながら体をふいて、服を着て外に出た。この時ばかりはもう、寒くて寒くて仕方がなかった。
故障していたわけだから、会社に電話してクレームを言えばお金は返ってきただろうが、私には電話もなかったし、クレームを言う暇もなかった。
私はこの日以来、必ず100円玉を2枚もってコインシャワーには行くことにした。ただ、これ以降、いつ水だけのシャワーに当たってしまうかわからないという不安と恐怖から逃れることはできなかった。そして、この寒い生活はまだまだ続くのだ。
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