そして空手を
なぜ空手をやろうと思ったのかは自分でもよくわからない。空手でなくてもよかったのかもしれない。
ただ体と頭の両方を同じように鍛えたかったのである。
勉強する人は体を鍛えることをおろそかにし、スポーツなどで体を動かす人は頭を使うことをしないものだが、それではいけない。と当時の私は思っていた。
私も勉強や読書にはかなり熱を入れたが、それだけでは限界が来ることを感じてはいた。疲れやすくなったり、食欲がなくなったりして、結局は勉強する気力や体力が続かないのだ。特に大学の2年時は、部屋にこもって読書ばかりしていたので、食欲がなくなり、げっそりと瘦せてしまっていた。
学生時代はでき得るならば両方をやることが望ましいだろう。
この空手のサークルはかなり練習がきつかった。
実践的な空手の流派(極真会)だったので、本気で殴りあうことになる。
体のあざが絶えることはなく、いつも筋肉痛と怪我などで体が痛かった。
突き指をしたり、骨にヒビがはいったり、大変な思いもしたが、なぜか練習が終わった後はいつも幸せな気持ちがした。
この空手のおかげで勉強を長くやる体力がつき、継続力や持続力が強くなったと思う。練習に通ってくるメンバーは無口な人が多く、私もあまり話さなかったために親しい関係になった人はいなかったが、私にとっては十分な成果があった(そもそも空手の目的は友達作りではなかったので、それでよかった)。
空手は4年次の途中で止めてしまったが、いまでもあのときの続きをやりたくなることがある。
かくして、ピアノとミニコミ誌、空手の三つのサークルにかけもちで参加するという無謀な大学3年時代がスタートした。
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