「乃木希典―日本人への警鐘」 中西輝政

「乃木希典―日本人への警鐘」 中西輝政


乃木希典―日本人への警鐘

乃木希典と言えば、名前だけはきいたことがある人はいるかもしれない。軍神ともいわれて、神社にも祭られることになった、日露戦争の陸軍の司令官である。この本はその乃木希典に関して書かれた小著(小冊子ともいえる)である。

私が、乃木希典について知ったのは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」そして「殉死」という歴史小説によってであった。日露戦争は、世界史的な影響の大きさを考えると、非常に重要な戦争であったし、日本にとっても、いい意味でも悪い意味でも、大きな転換点になった戦争である。その中で数多くの軍人や政治家の活躍が記述されているが、当初は乃木希典の存在感が私の中では非常に薄かったのは事実である。

しかし、これも様々な他の本を読んでいく中で徐々に、その原因が分かってきた。司馬遼太郎の小説の中では、乃木希典がある種の愚将として描かれていたからであった。不覚にもその段階では私も乃木希典のことを良く調べることもなく、一人の凡将と考えて気に留めなかったのかもしれない。ただ、司馬遼太郎の「殉死」を読んだときに、明治天皇の崩御に合わせて、自らも命を絶った(奥様は鹿児島の人で、乃木と一緒に自刃されている)この人物については、不思議な感情を抱いていた。

久しくその存在も忘れていたころに、また日露戦争の時期の日本海軍の連合艦隊司令長官の東郷平八郎、そして参謀の秋山真之についての本を読む機会があり、その中で秋山真之がこの乃木希典と東郷平八郎の会談の場面を回想した話が出てきたことで、また乃木希典に関する本を読んでみようと思った次第だった。

数冊の本(「乃木希典の世界」「軍神」など)を読んでいくうちに、乃木希典に関する司馬遼太郎の認識が間違っているのではないかと思いはじめ、さらに乃木希典愚将論の根拠になっている「旅順攻撃」の内実を調べていくうちに、その司馬遼太郎の過ちがより明確になった。

昨年、乃木神社に参拝し、今でも残されている旧乃木邸も見てくることができたが、私にとって、それでもよくわからなかったのが、いわゆる明治天皇崩御に伴う殉死のことである。このような分からない感じが、実は西郷隆盛のわからなさになんとなく似ていて、不思議な感情をおぼえたのである。

私にとっては、乃木希典が愚将だったかどうかなどという議論そのものは実はあまり興味がない(乃木希典は優れた指揮官だったと思う)。むしろその人間性に体現されたものが何だったのか、ということが興味の対象になっている。その中で見つけたのがこの小冊子であり、この本を読むことで、乃木希典と西郷隆盛の共通した精神というものが見えた気がした。

例えば、日露戦争の終わった後。戦勝に湧く一般民衆の陰で、多くの文学者たちが、日本のこの後について深く憂慮していたことはあまり知られていない。文学者は時代の不安や憂慮を敏感に感じ取って作品化するものだが、夏目漱石や石川啄木も、戦勝ムードに湧くこの時期、日本に対しては悲観的な見方をしている。それは何故だったのか。

私はそれが乃木希典や西郷隆盛が体現していた精神が、この日本から失われてしまいつつあることの不安だったのではないかと思っている。それは武士道精神でもあり、日本精神でもあっただろう。ただ、そのような言葉で表現するのもあまりに陳腐であり、十分に的を射た表現ではない。私の中の何かが共感を持つのだが、うまく言葉にできない。ただ、日本人が失ってはならないもの、そのようなものを知るための貴重な材料をこの二人がその生き方をもって提供してくれていると思えるのである。

それがなんであるのか、ということはそれぞれの人が、この二人の生き方から感じ取ってもらうほかはなく、言葉で十分に伝えたり、教えたりできない。

内村鑑三が「後世への最大遺物」の中で、誰もが後世に残せるもの。それは高貴な生き方だと述べている。歴史上の偉人に限らず、国民の一人一人が、後の子供たちや孫たちに恥じない生き方をして見せることが、この国にとってはとても大切なことであると思う。

もはや日本の政治家を含めた各界の指導者たちの多くは、高貴なる生き方を忘れ去ってしまっている。しかし、金もなく、立場もなく、名誉もなく財産も何もない一国民であっても、まだ後世のために残せるものがあるのではないのだろうか。

そのようなことを教えてくれるのが、歴史上の偉人と呼ばれる人の姿である。彼らの実績もさることながら、一人の人間の生き方として学び、知るべき事柄が、まだ無数にあるのだ。人間としての欠点もあっただろう。失敗もあっただろう。不十分なこともあっただろう。しかし、日本の古来の偉人や歴史上の人物とは、結局すべてこのような人々だったのではないか。

この本にもあるように「さん」づけで呼ばれる歴史上の人物は、この乃木さんと西郷さんだ。この二人と何事かの共通したものを感じ取る感性は、まだ国民の中に生きているのだと思う。しかし、このような先人の生き方を学ぶ場が、教育の世界にないということは、なんと嘆かわしいことだろうか。

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投稿者:

山道 清和

日本の未来への発展と繁栄のために、日本の学生には自分から学び、考え、自分の意見を持つことのできる人材になって欲しいと心から願っています。就職や公務員試験に関する相談も受け付けています。遠慮なくどうぞ。

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